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ETS-VI用アポジ推進系手動遮断弁の開発

大道邦彦 曽我尾昌彦

大道 邦彦 / 曽我尾 昌彦Daido Kunihiko / Sogao Masahiko

(大道)
株式会社フジキン
大阪工場 技術開発センター 実戦設計課 准参事

  • 1982年3月 熊本大学工学部 生産機械工学科卒
  • 1982年3月 富士金属工作㈱(現 (株)フジキン)入社

(曽我尾)
株式会社フジキン
大阪工場 技術開発センター 実戦設計課 准主査

  • 1983年3月 愛媛大学工学部 冶金学科卒業
  • 1983年3月 ㈱フジキン入社

1998年9月24日発刊
「ながれをこえて」Vol.1で掲載。
配属部署、役職は発刊当時のものです。

1. 緒言

技術試験衛星VI型(ETS-VI)は、並行して開発が進められ1994年2月1日に初打ち上げが決定した大型ペイロード打上用ロケット:H-II(第1図)により、'94年夏期に種子島宇宙センターから打上げられた。

第1図 H-IIロケット組立図

第1図 H-II ロケット組立図

このETS-VI(第2図)は、2t級静止3軸姿勢制御衛星バスの基盤技術の確立と機器の搭載実験、H-IIロケットの打上能力、打上環境の確認および通信機器の搭載実験などを目的としたわが国初の2t級静止衛星である。

第2図 EVS-VI全体図(打上時)

第2図 EVS-VI全体図(打上時)

なお、H-IIロケットは純国産化を目指した2段式の大型ロケットで、1、2段とも高性能な液体酸索/液体水素を推進薬としている。

フジキンは、宇宙開発事業団様(NASDA)、石川島播磨重工業株式会社様(IHI)との契約に基づき、'87年から、ETS-Vlを静止軌道に投入するためのアポジ推進系に使用される手動遮断弁の開発を担当し、'90年に開発を完了した。本稿では、その開発過程と完了までの工程について紹介する。

2. アポジ推進系への要求条件

衛星用アポジ推進系に要求される機能は、第3図に示すトランスファ軌道のアポジ点(遠地点)において、アポジエンジンを燃焼させることにより推力(インパルス)を発生させ、軌道傾斜角を修正するとともに衛星をトランスファ軌道から静止ドリフト軌道に投入することである。

なお、ここでアポジ推進系にとって最も重要なことは、トランスファ軌道上に投入できる重量が限られていることから、インパルス発生に必要な推進薬量と推進系構造の重量を可能な限り低く抑えることである。

ETS-VI用アポジ推進系を開発するに当たっての主な要求条件を以下に示す。

第3図 H-IIロケットによる静止衛星の打上げ

第3図 H-IIロケットによる静止衛星の打上げ

3. システム設計

現在のLAPS(Liquid Apogee Propulsion System)コンフィギュレーションのうち推進薬が決定されるまでのトレードオフ過程、性能緒元は、以下に述べるとおりである。

一般にロケット用推進薬としては、固体推進薬、貯蔵性推進薬(液体)および極低温推進薬(液体)が考えられる。本件では、液体の方が固体より性能が良いこと、また軌道上での貯蔵性の点などから、推進薬として貯蔵性推進薬が選定された。

貯蔵性推進薬には2種類あり、欧米で実績のあるNTO(四酸化二窒素)/MMH(モノメチルヒドラジン)の組み合わせと、欧米では実績はないものの比推力で約10秒高いNTO/N2H4(無水ヒドラジン)の組み合わせがあるが、本件では、性能面で10年後の欧米と比肩できることと、IHI様の社内研究で実現性に見通しの得られたNTO/N2H4がLAPS推進薬として最終的に選定された。

4. 開発設計

LAPSの開発はコンポーネントレベル、LAPSレベルおよび衛星レベルでの開発に大別される。

コンポーネント開発は基本的にはBBM(Bread Board Model)、EM(Engineering Model)およびPM(Proto Model)の3フェーズから成り、それぞれFT(基礎試験)、DVT(設計確認試験)およびQT(認定試験)と、それに引き続くPDR(基本設計審査)、CDR(詳細設計審査)およびPQR(認定試験後審査)によって完了する。

表1 宇宙機器の開発ステップとコンフィギュレーション管理

表1 宇宙機器の開発ステップとコンフィギュレーション管理

5. 手動遮断弁の特長

本手動遮断弁は、人工衛星における重要な構成部品の一つで、漏洩、作動不良などがあってはならない。(信頼度予測値0.999999以上)

そのため、管理された環境下で組み立てられることはもとより、清浄度と性能を確保するために細心の注意を払って製作されている。

地上でタンクに推進薬を充填する際に使用する注排弁、遮断弁は手動タイプであるため100回の操作と、打上後、軌道上での確実なロックが保証されている。手動遮断弁の特長を以下に要約する。

(1) オペレーターによる誤操作防止のためのロック機構の考案により、高信頼性を実現した。

(2) 外部漏洩についての冗長性を持たせるため、電子ビーム溶接等による多重シール方式を考案した。

(3) シート部へ特殊材質のOリングをバックアップとして使用し、温度変化によるシート面圧のドリフト及び

弁の開閉による発塵を防止する考案をした。

第4図 手動遮断弁外観

第4図 手動遮断弁外観

6. 開発の経緯

フジキンは約20年前にロケット関係設備のバルブを初めて国産化して以来、射点設備、試験設備に数多くの実績を誇っている。

また、それらの技術基盤を発展させ、ウルトラクリーンスペックの半導体製造設備用バルブ、フィッティングにおいてもトップのシェアを維持している。

本手動遮断弁の開発もこれらの実績が評価され依頼されたものであった。

6.1 弁形式の検討

本手動遮断弁の主な要求項目は以下の5点である。

  • ① 1/2インチのフルポ ート弁で圧力損失が小さいこと。
  • ② 弁操作が簡単で、 かつ誤操作が出来ないこと。
  • ③ 軽量で、 かつコンパクトであること。(300g以下)
  • ④ 規定の清浄度を満足すること。
  • ⑤ 漏洩がないこと。

①、②、③の要求を満足する最適な弁形式はボール弁であり、④、⑤のそれはベローズ弁、ダイヤフラム弁などのいわゆるパックレス弁である。

しかし、ボール弁の弱点は樹脂製のシール材を使用しているため、開閉操作により摩耗粉が発生することと、温度変化及び経年変化により、シール材の面圧が低下し漏洩が発生しやすくなることである。

一方パックレス弁の弱点は、ストロークが小さく圧力損失が大きくなることである。圧力損失と質量の要求は絶対であり、弁形式はボール弁とし上記④、⑤の問題を解決していくこととなった。

6.2 シート部構造

通常、ボール弁のシート部は、ボールを球面状のシール面を持つPTFE等の樹脂製パッキンにて固定し、それを圧縮することにより必要なシール面圧を与え、流体をシールする構造となっている。

しかし、この構造では温度変化、経年変化、寸法のばらつき等によりシール面圧が大きく変化し、調整が困難であり、シール面圧過大による開閉時の発塵及びシール面圧過小による内部漏洩が発生する可能性がある。

そのため第5図に示すように特殊材質のOリングと樹脂製パッキンを組み合わせたシート構造とし、Oリングの弾性を利用して面圧の変動を極小に押さえる方法を採用した。

第5図 手動遮断弁断面図

第5図 手動遮断弁断面図

本構造の採用に際しては、Oリングのつぶし代、パッキンの形状等の要素をパラメータとし、各種の試験を行い、発塵発生の形態、漏洩の有無等を確認し、最適の組み合わせを決定した。

6.3 漏洩対策

漏洩は弁にとって致命的な故障モードであり、システム全体にとっても重大な支障を引き起こすこととなる。シール箇所は、それぞれ十分なシール性能を有しているが、外部、内部ともそれぞれ3重直列のシール箇所をもつ冗長設計となっており、十分な信顆性を有している。

また、チタン合金製のボディは、二つのパーツから成っているが、電子ビーム溶接によって接合され一体化されている。

なお、電子ビーム溶接によるOリングや樹脂製パッキンヘの熱影響を押さえるため、溶接時には放熱用の金具(冷し金)を装着する等の配慮をしている。

6.4 誤操作防止機構

本手動遮断弁は、衛星打ち上げ時には操作用のハンドルを外し、開度固定用のプレートを取り付け、気密用のキャップ装着後ワイヤーロックされる。(第6図)

第6図 誤操作防止機構

第6図 誤操作防止機構

用途によって開状態で固定されるものと、閉状態で固定されるものがあるが、ステム(弁棒)とプレートの取り付け部が長方形になっており、それぞれ規定の状態でなければプレートが取り付けられないようになっている。

さらに、仮に誤った状態でプレートをステムを乗せていても、寸法的にキャップが装着出来ないという二重の誤操作防止構造となっている。

尚、操作用のハンドルは、衛星打ち上げ時には取り外されるべき部品なので、他の機器と同様に識別用として赤色である。

7. 結言

以上の要素開発を含め、各開発ステップにおいて製造ベースラインを確立し、'90年に認定試験が行われ開発が完了し、NASDA認定部品となった。

ETS-VI以外にも'97年に打ち上げされた通信放送技術衛星(COMETS)にも使用された。

また、本稿で紹介した手動遮断弁以外にも「ふわっと'92」に8機種のフジキン製バルブ、フィルターが使用されており、'94年に実施のIML-2(第二次国際微小重力実験計画)用としても多数のバルブ機器を製作した。

今後もHOPE(H-II ORBITING PLANE)用のバルブ機器類の開発に参画、微力ながらも宇宙開発計画の一翼を担いたいと願っております。

8. 謝辞

本手動遮断弁の開発にあたり、膨大な量の仕様書と海外規格に手を焼いているフジキンに対し、設計審査会等を通じ、懇切丁寧にご指導いただき、また数々の貴重な助言をいただいた宇宙開発事業団様、石川島播磨重工業様に対し深く感謝致します。

参考文献

1)
井町、 佐藤、 三好、 早坂:石川島播磨技報 vol.28 No1 p.25 (1988)
2)
佐藤、 三好、 橋本、 早坂、 大西:石川島播磨技報 vol.31 No.3 p.162 (1991)
3)
桜谷、 小川:石川島播磨技報 vol.31 No3 p186 (1991)