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マンガン酸化物の磁場誘起ステップ転移と外場効果

大和義昭

大和 義昭Yamato Yoshiaki

株式会社フジキン
ものづくり(製造)部門 製造本部 万博記念 つくば先端事業所
実践ガスユニット製造課
博士(工学)

  • 2003年 岩手大学工学部材料物性工学科卒業
  • 2007年 岩手大学大学院工学研究科材料物性工学専攻修了
  • 2010年 岩手大学大学院工学研究科物質工学専攻修了
  • 2010年 株式会社フジキン入社

現在、実践ガスユニット部で製造・現場管理・改善活動などに従事している大和義昭が、岩手大学大学院時代にまとめた博士論文です。これまで研究報告が少なかったペロブスカイト型マンガン酸化物の単結晶に着目し、外場効果によるステップ転移の観測など地道な実験と観察を重ねて、ステップ現象の起源を探求しました。マンガン酸化物磁性体の相転移現象に関する新しい物理を提供するとともに、磁気記録材料への応用の可能性も示唆した研究となりました。

はじめに

ペロブスカイト型※1マンガン酸化物R1-xAxMnO3は、磁場印加によって絶縁体- 金属(I-M)転移温度TC付近で超巨大磁気抵抗(Colossal Magnetoresistance:CMR)効果を示す磁性体であり、ハードディスクなどの次世代磁気記録材料への応用が期待されている(図1)。

図1. ペロブスカイト型マンガン酸化物
( R1-xAx1+nMnnO3n+1の結晶構図

近年、磁場誘起のメタ磁性転移を示す立方晶マンガン酸化物において、磁化と磁気抵抗の非常に鋭いステップ状の転移が報告されている。この転移は高温で観測される比較的ブロードな転移とは異なり、非常に鋭い転移幅を持つ一次転移であることが特徴である。

このステップ状の磁場誘起転移はステップ現象と呼ばれ、この現象の起源はマルテンサイト変態※2モデルというもので説明がなされてきた。しかし、このモデルでは説明できないステップ現象の報告がされており、そのため、正確な起源は未だに理解されていないのが現状である。また、これまで報告されてきたステップ現象は多結晶データがほとんどであり、磁歪に関するものはされていなかった。

本論文では、低温で磁場誘起のメタ磁性転移を示す二重層マンガン酸化物単結晶と擬立方晶マンガン酸化物多結晶を用いて、主に格子歪み※3の観点から磁場誘起ステップ転移の研究を行った。単結晶を用いて磁歪に関するステップ現象の報告を行うことが大きな目的の1つであった。また、マンガン酸化物系のステップ現象の起源を解明するために、ステップ転移に与える圧力効果と電流効果の影響を調べた。

試料と実験方法

本研究で試料として用いた二重層マンガン酸化物(La0.4,Pr0.61.2Sr1.8Mn2O7単結晶は、パリ南大学でFZ 法※4により作製された良質の単結晶である(図2)。また、擬立方晶マンガン酸化物Eu1-xSrxMnO3(x=0.42)多結晶は、岩手大学で固相反応法により作製された単相試料である。これら試料の磁気・温度相図は類似しており、いずれの試料も基底状態で磁場誘起のメタ磁性を示す。

(La0.4Pr0.6)1.2Sr1.8Mn2O7単結晶の磁気温度相図と自由エネルギー

図2. (La0.4Pr0.61.2Sr1.8Mn2O7単結晶の磁気温度相図と自由エネルギー

磁場の測定は、東北大学金属材料研究所・強磁場センター及び物質・材料研究機構(NIMS)の超伝導マグネットを利用し、磁場中熱物性測定用クライオスタットを使って行った。

磁化の測定には、岩手大学内地域共同センターのSQUID※5磁束計と物質・材料研究機構のVSM(Vibrating Sample Magnetometer)マグネット―メータを用いた。SUQIDは磁束の変化を直接測定することができ、非常に高い磁束分解能を有している。

磁歪の測定は歪みゲージ法で行った。試料に貼り付けたストレインゲージに定電流(今回は1mA)を流し、出力電圧を検出し測定する方法である。この方法の原理は、試料が伸び縮みすれば、それに伴ってストレインゲージも伸び縮みし、その結果、ストレインゲージの抵抗値が上下することにある。また、磁気抵抗は直流4端子法を用いた。

測定手順は主に、極低温において一定温度で固定して磁場の上げ下げを行い測定した。特に磁歪の圧力効果の測定は、二層型クランプセルを用いて、1GPaの高圧を印加することによって行った。測定後には残留磁歪等が残るので、測定間は200Kで2時間程度保持して初期状態に戻している。

層状マンガン酸化物の磁場誘起ステップ転移

層状マンガン酸化物単結晶を用いて、格子歪みの観点からステップ現象の研究を行った。これによって磁場誘起ステップ転移とそのステップ転移の種々の特性評価のを得ることができた。

低温における磁歪の測定の結果、磁化や磁気抵抗のステップ状の転移に伴う磁歪の鋭いステップ状の変化を発見した(図3)。磁歪は電子の軌道の占有状態に強く反映される物理量である。このことから、ステップ現象は軌道の占有状態と密接に関係していることがわかった。

図3. 低温側における磁歪

図3. 低温側における磁歪

このステップ状の変化の際に一次相転移に伴う大きな潜熱の発生を観測した。試料の一部が局所的に磁場誘起転移を起こすと、発生した潜熱により、周りの部分が熱励起される。その結果、連鎖反応的に、瞬間的に試料全体に拡大したと思われる(図4)。この瞬間的な潜熱の解放は、ステップ現象の際に必ず観測され、これは巨大磁気熱効果と呼ばれている。

図4. ステップ現象時の相構造と自由エネルギーの変化

図4. ステップ現象時の相構造と自由エネルギーの変化

層状マンガン酸化物の磁場誘起ステップ転移と外場効果

続いて層状マンガン酸化物単結晶の磁場誘起ステップ転移を外部変数の関数として研究した。すなわち、ステップ転移に対する外場(圧力または電流)効果の測定を行い、外場効果によるステップ転移の振る舞いの変化からステップ現象の起源を考察した。

圧力効果の測定を行った結果、圧力印加によりステップ転移は抑制され、ブロードな転移に変化した(図5)。これまで圧力印加によって強磁性相互作用が強まることが報告されている。ステップ現象の抑制は、圧力の印加によって強磁性相互作用が強まったことが原因であることがわかった。

図5. 4.3Kでの磁歪ステップの圧力効果(H//ab)

図5. 4.3Kでの磁歪ステップの圧力効果(H//ab)

電流効果の測定を行った結果、圧力効果と同様に、電流印加によってステップ転移は抑制されブロードな転移に変化する振る舞いを観測した。この振る舞いはジュールヒーティングでは説明できないことから、本質的な電流効果であることがわかった。

この電流効果の振る舞いは、試料内の常磁性絶縁相に内在する電荷整列(CO)クラスターの溶解が関係していると思われる。CO状態は軌道の整列も伴うことが知られているが、短距離のCOクラスターは局所的に軌道整列が乱れてフラストレーションを生じていることが報告されている。ステップ転移の抑制は、電流効果により常磁性相内に内在するCOクラスターが融解されて、それに伴いCOクラスターに内在する軌道のフラストレーションが解消されて生じたと思われる。電流効果の測定結果は、ステップ現象がCO相内在する軌道のフラストレーションと関係があることを示唆している(図6)。

図6. 電流効果の考察

図6. 電流効果の考察

擬立方晶マンガン酸化物の磁場誘起ステップ転移と圧力効果

最後に擬立方晶マンガン酸化物多結晶の磁場誘起ステップ転移とその圧力効果について測定し、層状マンガン酸化物単結晶の測定結果と比較した。

擬立方晶マンガン酸化物で観測された磁場誘起ステップ転移は、層状マンガン酸化物と同様に、圧力の印加、すなわち強磁性相互作用の増大によって抑制された(図7)。

図7. 圧力効果比較

(a)層状マンガン酸化物(La1-zPrz1.2Sr1.8Mn2O7(z=0.6)の磁歪

(a)層状マンガン酸化物(La1-zPrz)1.2Sr1.8Mn2O(7 z=0.6)の磁歪

(b)立方晶マンガン酸化物EuxSr1-xMnO3(x=0.42)の磁歪

(b)立方晶マンガン酸化物EuxSr1-xMnO(3 x=0.42)の磁歪

(c)立方晶マンガン酸化物EuxSr1-xMnO3(x=0.42)の磁化の磁場依存性

(c)立方晶マンガン酸化物EuxSr1-xMnO(3 x=0.42)の磁化の磁場依存性

これまでステップ現象が報告されている物質と今回測定した試料の共通点として、低温でスピングラス状態※6を持つことに気付いた。スピングラス状態が現れる条件の1つは、強磁性相互作用と反強磁性相互作用の競合によってエネルギーが不安定になっている状態、すなわち磁気的フラストレーションである。圧力印加による強磁性相互作用の増大はこの磁気的フラストレーションを解消するように働く。

圧力効果の測定から、ステップ現象は磁気的フラストレーションによるエネルギーの不安定性が重要な因子になっていることがわかった。

本研究のまとめ

本研究では、単結晶試料を用いて磁歪に関するステップ転移の観測を行い、ステップ現象の起源を調べることを目的とした研究を行った。

磁場誘起型絶縁体-金属転移を示す二重層状マンガン酸化物(La0.4, Pr0.61.2Sr1.8Mn2O7単結晶および擬立方晶マンガン酸化物Eu1-xSrxMnO3(x=0.42)を用いてステップ転移、またステップ転移に対する外場効果の研究を行った。

  1. ① 層状マンガン酸化物単結晶のab面及びc軸方向で、格子歪みのステップ変化を世界で最初に観測することに成功した。
  2. ② 層状マンガン酸化物において磁歪、磁化、磁気抵抗などの磁場誘起ステップ現象は、磁場アニールや圧力の印加によって抑制される振る舞いを示した。これは、圧力印加によって強磁性相の体積割合が増大したためと思われる。
  3. ③ 層状マンガン酸化物単結晶の磁歪・磁気抵抗の電流効果の測定から、ステップ転移は電流の印加によって抑制されることがわかった。これは、常磁性相内に存在する電荷整列(CO)クラスターが電流効果によって溶解したことを示唆する。
  4. ④ 立方晶マンガン酸化物では、圧力効果によるステップ転移の抑制は観測されなかった。
  5. ⑤ ステップ現象は、軌道のフラストレーションや磁気的フラストレーションなどエネルギー的な不安定性が重要な因子になっている。

本研究は、マンガン酸化物磁性体の相転移現象に関する新しい物理を提供するとともに、磁気記録材料への応用の可能性も示唆している。

【注】

※1 ペロブスカイト型
結晶構造の1つ。ペロブスカイト(灰チタン石CaTiO3)と同じ結晶構造をもつものをペロブスカイト構造と呼ぶ。
※2 マルテンサイト変態
合金における非拡散型の構造相変態。
※3 格子歪み
結晶格子に生じる歪み。3つ以上の元素からなる混晶材料では添加元素の影響によって発生しやすい。
※4 FZ法
浮遊帯溶融法(Floating Zone Method)。単結晶を育成する方法の1つ。
※5 SUQID
Superconducting Quantum Interference Device:超伝導量子干渉素子。
※6 スピングラス状態
特定の周期をもったスピン配列をとることができず、スピンがランダムな方向を向いて止まったガラス状の凍結状態をいう。