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植物の防御応答に対する緑葉揮発成分のプライミング効果誘導機構に関する研究

平尾壽啓

平尾 壽啓Hirao Toshihiro

株式会社フジキン
大阪ハイテック研究創造開発センター
博士(薬学)

  • 2006年 フジキン入団
  • 2012年 大阪大学大学院薬学研究科 博士後期課程 修了

植物は、絶えず変化する環境に応じて、多種多様な揮発性有機化合物(Volatile organic compounds、VOCs)を放散する。このVOCsの中で、植物が草食動物、昆虫、細菌やカビ類などから攻撃を受けて放散するVOCsは、草食動物由来揮発性化合物(Herbivore induced plant volatiles、HIPVs)と呼ばれる。HIPVsは、主としてモノテルペンやセスキテルペンを含むテルペン類、植物ホルモンとして知られる揮発性のメチルサリチル酸やメチルジャスモン酸、そして、緑葉揮発成分(Green leaf volatilis、GLVs)から構成されている。HIPVsは、上記のような生物の攻撃によって受けた傷口より放散され、自身の健全な部位やその近傍の植物がそのHIPVsを受容すると、直ちに植物体内にて防御応答が誘導されることが報告されており、HIPVsが防御応答に関する情報伝達物質として重要な役割を担っていることが示唆されている1)-6)。これらのHIPVsの中で、GLVsは傷害部位から最初に放散されるVOCsであることが明らかになっている7)

GLVsは、葉緑体膜からガラクトリパーゼによって遊離されるα-リノレン酸やリノール酸といったC18脂肪酸より酸化分解を経て産生されるC6、C9の揮発性化合物の総称である。一例を示せば、13-lipoxygenase(13HPL)の触媒反応によってα-リノレン酸のC13位が酸化され、13-hydroperoxylinolenic acid(13HPOT)が生成され、次に、13HPOTが13-hydroperoxide lyaseによって分解されることにより、GLVsの構成要素である(Z)-3-hexenalが産生される。多種多様なGLVsは、(Z)-3-hexenalが起点となり、isomerase、alcohol dehydrogenase(ADH)やalcohol acyl-transferase(AAT)の反応によって合成され、それぞれ(E)-2-hexenal、(E)-2-hexenol、(Z)-3-hexenolや(Z)-3-hexenyl acetateとなる8)-9)(Fig. 1)。

FIG. 1. The biosynthesis pathways of GLVs and MeJA.
GLVs are biosynthesized from C18 fatty acid, α-linolenic acid and linoleic acid, which are liberated from the chloroplast membrane by galactolipase. α-Linolenic acid and linoleic acid are oxidized by 13LOX to 13-hydroperoxylinolenic acid and 13-hydroperoxylinoleic acid, respectively. They are cleaved by 13HPL to (Z)-3-hexenal and n-hexanal. A variety of GLVs are formed from (Z)-3-hexenal and n-hexanal by combinations of isomerase, ADH and AAT activities to yield (E)-2-hexenal, (E)-2-hexenol, (Z)-3-hexenol (Z)-3-hexenyl acetate, n-hexanol and n-hexyl acetate. Jasmonic acid (JA) is also produced from α-linolenic acid by 13LOX, AOS, AOC, OPR and three steps of β-oxidation. JA is converted to MeJA by jasmonate methyl transferase (JMT).

Fig. 1

一方で、GLVsの前駆体であるα-リノレン酸からは、13LOX、allene oxide synthase(AOS)、allene oxide cyclase(AOC)、12-oxo-phytodienoic acid reductase による反応や、β-oxidationといった環化および酸化分解に関与する経路を経て、ジャスモン酸(JA)が生合成される10)。JAは、植物において老化の促進や花粉管伸長作用、二次代謝産物の誘導といった重要な生理現象に関わるシグナル物質として知られている11)-13)。さらに、他のJAの機能として、JAとその揮発性誘導体であるメチルジャスモン酸(MeJA)は、昆虫による食害や病原菌の攻撃に対する防御応答において重要な役割を果たしていることも明らかにされている。JAを介した防御応答のメカニズムは、植物が昆虫などから攻撃を受けると、直ちにJAが生合成され、次いでJAシグナル伝達経路を介した防御答を誘導する転写因子が活性化される。その後、物体内では、昆虫に対して忌避作用を有する化合物など多くの二次代謝産物の合成が開始されることが知られている14)-15)

上述のGLVsもMeJAと同様に植物の防御応答において、植物間コミュニケーションにおけるシグナル伝達物質としての役割を持つことが示唆されている。しかしながら、その作用は、MeJAとは異なっており、Engelberthらによって防御応答に関わるGLVsの役割として、プライミング効果であることが報告されている16)。プライミング効果とは、先行刺激の受容が後続刺激によって誘導される反応に影響を与えることと定義されている。具体的には、ある刺激を事前に受けた植物が、その後、昆虫や病原菌などに攻撃された際、刺激を受けていない植物に比べより早く、かつ、より強く防御応答を誘導する現象である。トウモロコシを使用した実験では、予めGLVsで植物を処理した場合、その後に昆虫唾液由来のエリシターで葉を処理することで、GLVs未処理の植物に比べ、内生のJA量が2倍以上上昇し、さらにVOCsの放散量も有意に増加することが示された。この報告から、GLVsには、植物が迫りくる危険を予め察知し、自身の健全な部位へ防御応答を促す役割や周りの植物へ危険を知らせるシグナルとして、必要最低限の防衛準備をさせる機能を有していることが示唆された16)。GLVsが示すプライミング効果の作用機構については、上述のJAシグナル伝達経路が深く関与していると予想されているが、その他の知見については、ほとんど得られていない。また、GLVsによるプライミング効果は、上述の通り、内生のJA量を増加させることが認められるため、植物内で二次代謝産物量の増加が予想される。植物が産生する二次代謝産物には、薬効成分の機能を有している化合物が多数含まれている。そのため、GLVsのプライミング効果を応用し、薬効成分を含む有用物質の増産技術が開発されれば、人の健康維持・増進に貢献できるものと期待される。このような技術開発を行うには、まず、GLVsのプライミング効果によって、植物内で二次代謝産物が誘導されるのか、次に、複数の化合物が報告されているGLVsについて、プライミング効果の活性に差違が生じるのかを検討する必要がある。

そこで、本研究の第一章では、GLVsが有するプライミング効果を詳細に検証するため、人工的なプライミング効果の誘導を試み、新規の閉鎖型実験系を構築した。プライミング効果の確認は、MeJAによって誘導される二次代謝産物で、昆虫の忌避物質として知られるアントシアニンを測定することで判定を行い、GLVsによるプライミング効果とMeJA応答の関係性を検証した。第二章では、プライミング効果を誘導する分子機構を解析し、プライミング効果の分子メカニズムを検証した。

第一章 GLVsによって誘導されるプライミング効果の検証

GLVsは、その化学特性として揮発性が高く、また、種々の化合物によって構成されている。したがって、これらの物質のプライミング効果を検証するためには、迅速で簡易な閉鎖型実験系の構築が必要である。そこでまずFig. 2に示すような新規の実験系及び実験工程を構築した。本実験では、前処理として行うGLVs添加とその後に傷害応答反応を誘導するために行うMeJAの処理を合わせて2回行うことが特徴となる。このような実験工程で物質処理を行った後に、植物を回収し、重量を測定後、直ぐに液体窒素にて凍結させ、凍結乾燥を行った。アントシアニンは、1%HClを含むMeOH溶液で抽出を行い、分光光度計にてA530とA657の波長を測定後、A530-0.25×A657の式からアントシアニン量を算出した。

FIG. 2. The scheme of experimental method in this study
An Arabidopsis plant was grown on half-strength MS agar medium with 1.5% sucrose for 21 days in a glass tube. An aliquot of 50 μl of a VOC was applied to sterilized cotton wool, which was placed near the top of the glass tube containing the plant. The top of the glass tube was covered with sterilized aluminum foil and sealed tightly with Parafilm.

Fig. 2

MeJA応答に対するGLVsのプライミング効果を検証するため、まず初めに2種類のGLVsを選定した。これらは、シロイヌナズナやトウモロコシにおいて防御応答遺伝子群を誘導することが知られる(E)-2-hexenalと(Z)-3-hexenolである17)-18)。MeJAで処理された多くの植物種は、フラボノイド経路により生合成されるアントシアニンを含む多くの二次代謝産物を誘導する。そこで本研究では、アントシアニン量の変化をMeJA応答性の指標として用い、プライミング効果の判定を行った。今回の実験では、GLVsによる前処理と、MeJA処理の計2回、揮発成分をシロイヌナズナに曝露しているため、それぞれの揮発成分処理のコントロールとしてこれらの物質の溶媒として用いたMeOHのみによる処理を行った。以下の実験結果では、揮発成分の処理順に、例えば、MeOHで前処理後MeJA処理した場合は“MeOHMeJA”のように表記する。Fig. 3Aに示したように、MeOH-MeOH、(E)-2-hexenal-MeOH、(Z)-3-hexenal-MeOHの3つの処理区は、それぞれアントシアニン量に違いが見られなかった。これらの結果から、GLVsのみの処理では、アントシアニン合成は誘導されず、GLVsが直接防御応答を誘導しないことを確認した。MeJA処理区では、(E)-2-hexenal-MeJAのアントシアニン量がMeOH-MeJAと比較して有意に増加した。これは(E)-2-hexenalがプラミング効果を示す化合物であることを示唆するものである。一方、(Z)-3-hexenol-MeJAのアントシアニン量はMeOH-MeJAと同程度で、有意差が見られなかった。今回の試験に用いたシロイヌナズナでは、MeJA処理により葉柄部分に赤紫色の色素形成が起こることが確認され、この現象は、(E)-2-hexenalで前処理した場合により顕著に認められた。この現象は、上記のように(E)-2-hexenal-MeJAの処理区でアントシアニン合成が強く誘導されたことと合致するものである(Fig. 3B)。いずれの実験区においてもシロイヌナズナの生育に有意な差が見られず、新しく構築した閉鎖型実験系は植物への影響がほとんどないものと推察される(Fig. 3C)。以上の結果より、GLVsに分類される(E)-2-hexenalは、その後のMeJA処理によって有意に二次代謝産物合成を誘導することが明らかとなり、プライミング効果によってMeJAに対する応答性を高める作用を有することが示唆された。

FIG. 3. Effect of GLV pretreatment on anthocyanin content growth after subsequent MeJA treatment.
(A) Anthocyanin accumulation in the aerial part of Arabidopsis after pretreatment with GLVs and MeJA. Anthocyanins were extracted from the freeze-dried aerial part of Arabidopsis with 1% HCl in MeOH and the anthocyanin content was quantified by a spectrophotometer. Priming treatment in Fig. 3a and c indicates pretreatment with GLVs, (E)-2-hexenal and (Z)-3-hexenol, or MeOH as a control. Fourteen-day-old seedlings were exposed for 7 days to vapor of 50 nmol (E)-2-hexenal or (Z)-3-hexenol or only MeOH. After pretreatment, the plants were exposed for 7 days to vapor of 50 nmol MeJA or to MeOH as a negative control. Bars are means ± SD (n = 5). Different letters are used to indicate significant differences between treatment (Tukey-Kramer, P < 0.01). (B) Growth conditions and pigmentation in petioles of 28-day-old plants. The arrows indicate pigmentation in the petioles after MeJA treatment. (C) Fresh weight of the aerial part of Arabidopsis plants with or without pretreatment with GLVs and MeJA. Fresh weight was measured before extraction of anthocyanin. Bars indicate means ± SD (n = 5)

Fig. 3

GLVsは、α-リノレン酸やリノール酸といったC18脂肪酸より酸化分解を経て産生される揮発性有機化合物の総称である。13HPLから生じるGLVsの基本骨格は、(Z)-3-hexenalとn-hexanalであり、これらはさらに、ADH、Isomerase、AATなどの酵素によって種々の化学修飾を受け、様々なGLVsが産生される8)-9)。そこで次に、(E)-2-hexenal以外のGLVsについてもプライミグ効果を有しているのかどうかを検証した。その結果、Fig. 4Aに示したように、n-hexanal、(E)-2-hexenal、(Z)-3-hexenal、(Z)-3-hexenyl acetate処理区において、GLVsで前処理を行わなかったMeOH-MeJA処理区よりも有意にアントシアニン量が上昇した。これらのGLVsの中で、(E)-2-hexenalにおいて最も高いアントシアニン含量が得られた。一方、n-hexanol、(E)-2-hexenol、(Z)-3-hexenol、n-hexyl acetateは、アントシアニンの上昇が認められなかった。以上より、興味深いことに、アルデヒド基を有するGLVs、n-hexanal,(E)-2-hexenal,(Z)-3-hexenalがMeJA応答に対するプライミング効果を示す一方、水酸基を有するGLVs、n-hexanol、(E)-2-hexenol、(Z)-3-hexenolでは、MeJA応答に対するプライミング効果を示さないことが明らかになった。また、GLVsの酢酸エステルについては、(Z)-3-hexenyl acetateがプライミング効果を示したが、n-hexyl acetateは効果を示さなかった。以上の結果より、C6のGLVsの一部は、二次代謝産物であるアントシアニン合成に対してプライミング効果を持つこと、また、試験した物質の中では、アルデヒド基を有するものがその効果を持つことが示された。

C6骨格のGLVsに加え、GLVsには、9LOXや9HPLが触媒する酵素反応を経て産生されるC9骨格の物質が知られている9)。上記のC6のGLVsの結果から、プライミング効果を持つ(E)-2-hexenal、nhexanalの化学構造に着目し、C9のGLVsの中で、それらの構造に類似する(E)-2-nonenal、n-nonanalがプライミング効果を有するのかを検討した。また、水酸基を有するC6のGLVsは、プライミング効果を示さなかったため、水酸基を有するC9のGLVsにおいても同様の現象が見られるのかを検証した。その結果、試験したC9のGLVsの中で、MeOH-MeJAのアントシアニン量と比較して有意に増加した処理区は、(E)-2-nonenal、n-nonanalであり、アルデヒドを有するC9のGLVsにおいてもプライミング効果が確認された。一方、(E)-2-nonenolやn-nonanolといった水酸基を有するC9のGLVsは、MeOH-MeJAのアントシアニン量と変わらず、プライミング効果は認められなかった(Fig. 4B)。

FIG. 4. Effect of pretreatment with different C6 and C9 GLVs on anthocyanin content in the aerial part of Arabidopsis.
Fourteen-day-old seedlings were exposed for 7 days to vapor of 50 nmol of various GLVs or to MeOH as a negative control. (A) n-Hexanol, (E)-2-hexenol, (Z)-3-hexenol, n-hexanal, (E)-2-hexenal, (Z)-3-hexenal, n-hexyl acetate and (Z)-3-hexenyl acetate were used as pretreatments to assess their relative priming ability. All plants were treated with 50 nmol MeJA following pretreatment. (B)Effect of pretreatment with GLVs containing a C9 alkyl chain on anthocyanin accumulation in the aerial part of Arabidopsis. n-Nonanol, n-nonanal, (E)-2-nonenol, (E)-2-nonenal and (E)-2-hexenal were used as pretreatments to assess their relative priming ability. After pretreatment, the plants were treated by exposure for 7 days to vapor of 50 nmol MeJA. Bars are means ± SD (n = 5). Different letters indicate significant differences between treatments (Tukey-Kramer, P < 0.01).

Fig. 4

以上の結果より、第一章では以下の知見を得た。アルデヒド基を有するC6とC9のGLVsでは、シロイヌナズナにおいて有意なアントシアニン量の上昇が見られ、これらの化合物がプライミング効果を有することが明らかとなった。また、その効果は(E)-2-hexenalを処理した際に最も強く誘導され、MeJAの感受性を増強させることが示唆された。一方、水酸基を有するGLVsではプライミング効果が示されず、プライミング効果の誘導には、GLVsの官能基が大きな役割を担っているものと考えられる。

第二章 プライミング効果を誘導する分子メカニズムの解析

第一章の結果より、シロイヌナズナに(E)-2-hexenalを予め曝露することにより、その後のMeJA処理に応答して蓄積するアントシアニン量が有意に上昇することが明らかとなった。このことは、(E)-2-hexenalがJAの感受性を増強させるプライミング効果を有することを示唆している。そこで本章では、このプライミング効果の分子メカニズムに関する知見を得るために、アントシアニン生合成に関わる遺伝子の発現を調べた。

シロイヌナズナにおけるアントシアニン生合成は、フェニルアラニンが初発物質となり、phenylalaninammonia-lyase(PAL)、chalcone synthase(CHS)、flavanone-3-hydroxylase(F3H)、flavonoid-3’-hydroxylase(F3’H)、dihydroflavonol-4-reductase(DFR)、leucoanthocyanidin dioxygenase(LDOX)の触媒を受けてアントシアニンのアグリコンが合成され、uridine diphosphate(UDP)-glucose-flavonoid3-O-glucosyl transferase(UF3GT)による配糖化を経てアントシアニンとなり液胞へと輸送される19)(Fig. 5A)。また、アントシアニン生合成に関与しないflavonol synthase(FLS)は、アントシアニン生合成の中間体であるdihydrokaempferolとdihydroqurcetinからそれぞれフラボノール類のkaempferolとquercetinを合成する反応を触媒する酵素である20)。プライミング効果がアントシアニン経路特異的に生じる現象か、それともフラボノイド系路全体に影響しているのかを推察するため、アントシアニン生合成遺伝子と共にFLS遺伝子の発現量解析も行った。さらに、アントシアニンの生合成を正に制御することが知られている転写因子production of anthocyaninpigment1、2(PAP1、PAP2)遺伝子の発現量解析も実施した。

FIG. 5. Time course analysis of anthocyanin biosynthesis gene expression in A. thaliana.
(A) The anthocyanin biosynthesis pathway in A. thaliana. The genes analyzed by qRT-PCR in this study are indicated in black boxes. (B)-(I) the expression of anthocyanin biosynthesis genes. (J) and (K) transcription factor genes involved in the anthocyanin biosynthesis.

Fig. 5

その結果、PAL、CHS、F3’H、DFR、LDOX、UF3GTおよびPAP1の遺伝子においては、MeOHMeJA処理区における発現量よりも(E)-2-hexenal-MeJA処理区での発現量が有意に高く、遺伝子の転写レベルにおいてもプライミング効果が確認された。特にアントシアニン合成経路の後半部分の反応を触媒する酵素であるDFR、LDOXおよびUF3GTの遺伝子は、いずれもMeJA処理12時間後以降に発現量が大きく上昇し、その傾向は48時間まで変わらなかった。中間体が他のフラボノイドに流れる反応を触媒するFLSの遺伝子は、同様に、MeOH-MeJA処理区よりも(E)-2-hexenal-MeJA処理区の方で発現量が高く、(E)-2-hexenalによるプライミング効果は、フラボノイド経路全体を正に制御していることが示唆された。転写因子の発現量解析では、PAP1遺伝子においてプライミング効果が確認され、その効果はMeJA処理後直ぐに確認することができ、他の遺伝子の発現パターンとは異なることが明らかとなった。しかしながら、PAP2遺伝子については、MeJA処理後6時間で、(E)-2-hexenal-MeJA処理区における発現量がMeOH-MeJA処理区に比べて有意に高くなったが、それ以降では発現量に有意差が生じなかった。以上のことから、(E)-2-hexenal-MeJA処理区によるアントシアニン生合成酵素遺伝子発現の上昇は、PAP1転写因子遺伝子の発現量上昇によるものであることが示唆された。一方、MeOH-MeOH処理区と(E)-2-hexenal-MeOH処理区において上記遺伝子の発現量を比較すると、アントシアニン生合成遺伝子では、両処理区による発現量の差違は確認されなかった。しかしながら、フラボノールの生合成経路の反応を触媒するFLSの遺伝子と転写因子であるPAP2の遺伝子に特徴的な差違が見られた。FLS遺伝子については、MeOH処理後6、12時間で(E)-2-hexenal-MeOH処理区がMeOH-MeOH処理区よりも発現量が有意に上昇しており、それはMeOH-MeJA処理区で見られた発現量よりも高かった。また、PAP2遺伝子では、(E)-2-hexenal-MeOH処理区がMeOH処理後12時間において、他の処理区よりも有意に発現量が上昇した。(E)-2-hexenal-MeJAの結果と合わせれば、(E)-2-hexenalは、フラボノール経路の活性化にも関与することが考えられ、さらに、(E)-2-hexenalは、アントシアニンの合成を正に制御する転写因子を活性化することが示された。

以上の結果より、アントシアニン生合成遺伝子の発現量解析から、GLVsによるアントシアニン合成経路におけるプライミング効果が示された。プライミング効果は、一旦、植物が外敵から攻撃を受けると、PAP1などの転写因子を強力に活性化することで、速やかな防御応答を誘導することが転写レベルにおいて示された。転写因子の急速な活性化は、二次代謝産物であるアントシアニン生合成遺伝子の発現を正に制御しており、これらの知見は、第一章において明らかになったGLVsでの前処理後MeJAで処理した場合のアントシアニン量の変化を矛盾なく説明できるものである。

総括

本研究は、植物の防御応答に対するGLVsのプライミング効果誘導機構に関する研究を実施し、以下の知見を得た。

1)アルデヒド基を有するGLVsは、プライミング処理によりMeJAによって誘導されるアントシアニン量の上昇を有意に増大させた。その効果が最も顕著であったのは(E)-2-hexenalであった。

2)水酸基を有するGLVsは、上記のようなMeJAの作用におけるプライミング効果を持たないことが明らかとなった。

3)(E)-2-hexenalが誘導するプライミング効果の分子メカニズムは、PAP1といった転写因子の遺伝子を早くそして強力に発現することによってこれらの因子を介したアントシアニン生合成遺伝子群の発現を促進し、正に制御していることが示唆された。

本研究において、プライミング効果の指標として用いたアントシアニンは、人の健康維持に役立つ物質として注目されており、抗酸化作用や眼精疲労予防の機能を持つ優れた機能性天然色素として認知度が高まっている21)-22)。この他にも植物が産生する二次代謝産物については薬用成分など人々の健康維持増進に深く関わる化合物が数多く知られているため、植物はいわば有用化合物を生産する工場と言える。本研究で確認されたGLVsが示すプライミング効果が有用な二次代謝産物の普遍的な生産促進に有効であれば、こういった物質を生産する植物の栽培過程においてプライミング効果を持つGLVs処理を取り入れることにより、対象物質の効果的かつ効率的な生産が可能になると考えられる。具体的には閉鎖的な環境で栽培を行うハウス栽培や、近年、品質の安定化や栽培の効率化の点で注目されている植物工場における導入が可能な処理方法と言える。今後、本研究において得られたGLVsのプライミング効果が、このような人の健康・増進に向けた技術開発に役立つことを期待したい。

謝辞

本稿を終えるにあたり、終始御懇切なるご指導、ご鞭撻を賜りました大阪大学大学院薬学研究科応用環境生物学分野、教授 平田收正 先生に衷心より深甚なる謝意を表します。本研究を遂行するにあたり、終始暖かいご指導とご助言を賜りました、大阪大学大学院薬学研究科応用環境生物学分野、助教 原田和生 先生、松浦秀幸 先生に深謝いたします。

また、本研究を遂行するにあたり、御助言、御指導を賜りました、大阪大学名誉教授 小林昭雄 先生、大阪大学大学院工学研究科生命先端工学専攻、教授 村中俊哉 先生、准教授 關光 先生、ならびに大阪府立大学大学大学院生命環境科学研究科、准教授 岡澤敦司 先生に深く感謝いたします。

本研究に関して、多大なご協力を頂きました、大阪大学大学院薬学研究科応用医療薬科学専攻の学生諸氏並びに、大阪大学大学院工学研究科生命先端工学専攻村中研究室のスタッフ、学生諸氏に感謝いたします。

最後に、常に励まし支えてくれました社内外の皆様、妻、家族、友人に深く感謝いたします。

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